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熊本地方裁判所八代支部 昭和28年(ワ)112号 判決 1955年11月30日

原告 三隅新吾

被告 荒岡シズコ

主文

原告の本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「申請人荒岡シズコ被申請人椎葉善三郎間の熊本地方裁判所八代支部昭和二十八年(ヨ)第三三号仮処分命令申請事件の仮処分命令に基き、昭和二十八年十月八日熊本県八代郡泉村大字柿迫字扇の藪七千五百三十七番地畑二十一歩の土地内に伐採してある杉樹々齢四十年約二百五十本(約三百五十石)に対してなした仮処分執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、被告は訴外椎葉善三郎を被申請人として、当庁に前記請求の趣旨記載の伐採木(以下本件伐採木と略称する。)を目的とする仮処分命令の申請(昭和二十八年(ヨ)第三三号)をなし、昭和二十八年十月八日「被申請人椎葉善三郎は八代郡泉村大字柿迫字花の尾七千六百九番地畑一反八畝歩、同所字同七千六百十二番地畑十八歩の土地内に伐採しある杉、檜その他一切の伐採木の搬出、売買、譲渡、その他の処分行為をしてはならない。申請人の委任した執行吏は前記の目的を達するため、適当の処置を講ずることができる。」旨の仮処分命令を得た上、熊本地方裁判所々属執行吏に委任して、本件伐採木につき、右仮処分命令の執行をなした。

しかれども本件伐採木の生立していた伐採地は、訴外椎葉善三郎所有の同村大字柿迫字扇の藪七千五百三十七番地の一部に該当するものであつて、原告は右仮処分執行前の昭和二十八年八月二十日右伐採地の所有者たる訴外椎葉善三郎から右伐採地に生立した立木を買受け、同日原告の代理人菊本廷基名義を以て熊本県知事桜井三郎に対し、伐採届出をなし、手続完了の上伐採したところ、右伐採木につき、右仮処分の執行がなされたものであつて、本件伐採木は、原告の所有に属し、被告又は椎葉善三郎は何等所有権その他の処分権限を有しないものである。よつて、右仮処分の執行の排除を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告の抗弁事実は否認する。被告が右伐採地を占有した事実はないと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告が訴外椎葉善三郎を被申請人として原告主張の日その主張の仮処分命令申請をなしてその主張の仮処分命令を得、その執行をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告主張の本件伐採地は被告所有の八代郡泉村大字柿迫字花の尾七千六百九番地と同七千六百十二番地に属し本件伐採木は右土地内の立木を伐採したものであつて被告の所有である。仮に右伐採地が原告主張のとおり訴外椎葉善三郎所有の同村大字柿迫字扇の藪七千五百三十七番地に属するとしても、被告は昭和二年三月以来所有の意思を以て平穏公然にこれを占有してきたから、民法第百六十二条第一項により少くとも二十年の経過と同時にこれが所有権を取得したものであると述べた。<立証省略>

理由

被告が訴外椎葉善三郎を被申請人として当庁に本件伐採木を目的とする仮処分命令を申請し、昭和二十八年十月八日「被申請人椎葉善三郎は八代郡泉村大字柿迫字花の尾七千六百九番地畑一反八畝歩同所字同七千六百十二番地畑十八歩の土地内に伐採しある杉、檜その他一切の伐採木の搬出、売買、譲渡その他の処分行為をなしてはならない。申請人の委任した執行吏は前記の目的を達するため、適当の処置を講ずることができる。」旨の仮処分命令を得て、右仮処分命令の執行をなしたことは当事者間に争がない。

しかれども、原告は右仮処分執行以前の昭和二十八年八月二十日本件伐採立木を、前所有者たる訴外椎葉善三郎から買受け正当に所有権を取得しておるものであつて、右仮処分の執行は第三者の所有物に対し、執行されたものであるから、許されないと主張するから、まず、本件訴の利益につき考えてみるに、仮処分の当事者又はその一般承継人以外の第三者は原則として、仮処分の執行による拘束を受けないものというべきであるが、目的物の占有が執行吏の保管に付されている場合は、第三者も右仮処分の執行を受忍する義務があるものと解すべき余地があるから、執行を妨害して仮処分債権者の権利を侵害することはできないものというべきであつて、目的物に対し、所有権又は占有権を主張する第三者は、右実体法上の権利を主張して民事訴訟法第五百四十九条の異議の訴を提起し、執行の排除を求めることができるものと解する。

しかしながら、本件仮処分の如く、目的物を執行吏の保管に付することなく、単に被申請人に対し、不作為を命じているに止まる場合は、右仮処分の当事者又はその一般承継人以外の第三者は右仮処分の執行により何等の拘束を受けるものではないから、これにより何等の権利も侵害されることはなく、又何等の受忍義務をも負うことはない。従つて、これに対し、民事訴訟法第五百四十九条の異議を申立てゝ、執行の排除を求める法律上の利益はないものといわなければならない。尤も右仮処分命令には、「申請人の委任した執行吏は前記の目的を達するため、適当の処置を講ずることができる」旨記載されているので、事実上右仮処分を第三者に公示する措置も採られているものと解されるが、本件の如く、不作為を命ずる仮処分の執行は、仮処分命令の送達により、その執行は完了しているものであつて、これを第三者に公示することは必ずしも必要ではなくかゝる公示がなされても、それは事実上第三者に対する心裡的効果を期待し得るのみで、何等法律的効果を生ずるものではないから、本件においても、かゝる公示がなされているからといつて第三者たる原告に異議申立権があるものということはできない。

してみれば、原告が本件伐採木に対し所有権を有するか否かの判断をなすまでもなく、原告の本件異議の訴は法律上の利益を欠ぎ許されないものと解すべきであるから、不適法として却下すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉)

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